こんにちは、ノーバス馬込校です。
今回は、自分が思う『一度は読んでいただきたい日本の小説』をご紹介します。
題名は、『蜜柑』。芥川龍之介によって書かれたものです。
或曇つた冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はゐなかつた。外を覗くと、うす暗いプラツトフオオムにも、今日は珍しく見送りの人影さへ跡を絶つて、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しさうに、吠え立ててゐた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つかはしい景色だつた。
本当ならば、是非とも紙媒体で手にとっていただきたいのですが、しかしそれ以上にこの文面は美しいのです。
例えば冒頭部、『或曇った冬の日暮』とあります。この情景は、想像に難くないのではありませんか?これがもし『ある冬の日のこと』とかだったりしたら、少し漠然とした表現になってしまってよく分からなくなってしまうでしょう。また、これはこの文章に限ったことではありませんが、情景描写に際して、色を用いた表現を多くしていることもポイントです。
はてさて、曇りくさった主人公の前に、二等車と三等車を間違えて乗り込んできた少女がやってきます。少女の服装はみすぼらしく不潔で、しかも乗車する車両も間違えているのにその傲岸不遜な態度といったら、全く鼻持ちなりません。けれど、少女はこれからたった一人、家族のために貴族の家の召使いとして働くためにその列車に乗っているのでした。そうしていくつかの遂道を抜けて、ある貧しい村はずれの踏み切りに差し掛かった時、彼女の三人の弟が列車を待ち構えていたのです。
小娘は、恐らくはこれから奉公先へ赴かうとしてゐる小娘は、その懐に蔵してゐた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
暮色を帯びた町はづれの踏切りと、小鳥のやうに声を挙げた三人の子供たちと、さうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。
やはり、この文の右に出る文言は他にないと思います。
詳しく理由を話すことはしません。ぜひ、自分の目で一度読んでみてください。
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